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2019年12月20日金曜日

「扶揺」二次小説 情未央(じょうびおう)2 我が身は何処に

情未央(想い、未だ尽きず)
一章  太淵国(たいえんこく)篇1 我が身は何処(いずこ)に
(画像出典https://images.app.goo.gl/aTGHAeRbaqu2ZV6CA )
私はふっつりと眼を開けた。
天井。木目の綺麗に整った古風な造り。父方の実家で見たものに似ている。
待って。私は自分の部屋で寝ているはずよ。我が家は現代家屋なのに。
うっすらと肌寒い。無意識に身体の上を探りかけて、ぴたりと手を止めた。薄いタオルケットのようなものが二枚重なっている。昨夜掛けた毛布ではない。
鼓動が急速に早まり出す。息を深く吸い込むと、覚えの有る、だが寝室で嗅ぐはずのない匂いが喉に広がった。雨に濡れた土の匂い。
私の部屋は二階で、窓は開いていても土の香りがしたことはない。第一今は秋の初めで、朝方に雨が降ることはほとんど無い。
夢にしても、匂いの有る夢など初めてだ。それに、この肌に触れる風の動き。眠っているときに夢は見るが、だいたい自分は夢だと自覚している方だ。
これは夢じゃない。
見えかけた恐れの頭をぴしゃりと叩き落とし、ことさらゆっくりと起き上がった。私は寝起きに眩暈(めまい)がする時がある。
そして固まった。
二枚合わせの木の襖(ふすま)。ぴったりと閉じているせいで、光も風も入らない。松の浮き彫りが素朴に入れてある。床は敷物と言うには簡単な、藺草(いぐさ)に似た筵(むしろ)が敷かれた板張り。鈍く黒ずんだ、輝きの無い金属の蝋燭立て。載せてあるのは私の知っている細くて真っ白な物ではなく、太さが五倍程の黄色を帯びた蝋の筒だった。私が座っているのは、自分のベッドより少し高い寝台で、そろそろと手で触れてみると、木の台の上に何かの毛皮が敷かれ、その上に目の粗い織物が掛かっていた。
茫然と顔を上げると、足元の壁に小窓が開いていた。枕二つ分程度の大きさで、木の窓が片側に寄せてある。太陽の光がそこから入っていた。
さっきの風も、この窓からだったのだ。
文章にすると、私は十分冷静に見えるが、この時私の頭は真っ白だった。疑問が押し寄せてパニックになるところを、心か身体かが遮断している。半ば機械のように、目で見て触れられる物から情報を読み取った。
私の部屋でないどころか、我が家でもない。この空間は、少なくとも一般の住居ではない。博物館の古代展示室に入り込んだか、今人気の古装劇のセットに連れ込まれたようだ。
夢なのだろうか。ここまで嗅覚も、触覚も、視覚も明晰な夢は見たこともない。
寝ている間に誘拐されたのだろうか。まさか。我が家は自慢ではなくお金はない。出来の悪い芝居でもあるまいし。考える間に息を詰めていた。詰まったような喉に必死で息を吸い込み、ふいに怒りがこみ上げた。覚めたいときに覚めるのが夢だ。いい加減にして!
奇妙に痺れた頭で、右手を上げて思い切り自分の頬を打った。
弾けるような音と衝撃に目を閉じた。右頬がじんじんと痛む。
期待を込めて、ゆっくりと眼を開けた。
変わらない。
窓、襖、寝台。相変わらずの博物館景色。
無意識に後ずさった。寝台の後ろの壁に背をつける。
ここは私のいる場所ではない。
襖が押し開かれる音がした。私は座ったまま飛び上がった。
入ってきたのは、私より一回り年上の女性だった。


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