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2019年12月21日土曜日

「扶揺」二次小説 情未央(じょうびおう)8

(画像出典https://images.app.goo.gl/LCPDSxb1KFNakvin6 )
「太夫人というのは、今の奥方様?」この様子だと、どうやら現代と仕組みはそう変わらない。婚姻の有無によって、子供の利益は大きく変わる。そして古代らしく、一夫多妻制が当然で、離縁は男の責任でなく女の恥と考えられるのだろう。ここまで考えて、私はげっそりした。時代劇で見ている分には他人事で済むが、実体験など冗談ではない。私の母だという彩花夫人も、太夫人という人も、人となりは全く知らないが、家一つに二つ世帯が有り、夫を共有するようなことが上手くいく訳がないのだ。宇文怜の母親は、帰れる実家があって幸いだったのだろう。
「私は今何歳?」
「十八ですよ。冬生まれですから、もう少しで十九になられます」すると、私より一つ下なのだ。七年近く、母親から離れて生きてきたのだ。自分に引き比べて、微かに尊敬の思いを抱いた。
日はとっくに暮れており、凝珠は蝋燭をつけて火鉢の火を起こしてくれた。冷たい手を近づけると、温かさに肩の力が抜けた。
夕食を下げる凝珠を、私は慌てて呼び止めた。
「凝珠、もし…明日になっても、いつになっても、私の記憶が戻らなかったら…私に教えてくれる?家の事や、世の中の事や、いろいろ…あなたの暇な時でいいから」聞くのは恐ろしかったが、言わなければならなかった。明日の朝目覚めて、現代に戻っていれば何の心配もない。宇文怜の意識だか魂だかも元に戻る筈だ。誰もがそれを望んでいる。
万一、戻らなかったら?私は相変わらず、この古代で生きるのだとしたら?
今日一日は終わった。けれど毎日、物の分からぬお嬢様に、当たり前の事を聞かれてはうんざりするだろう。記憶喪失の有閑階級など、ただのお荷物だ。そして私は、他人に面倒をかけるのは大嫌いだった。
「私はお嬢様の侍女です。何があっても、必ずお側にいます。そう奥方様に誓いました」迷いの無い答えに、私は罪悪感に襲われた。忠義にせよ義理立てにせよ、彼女は私が元に戻ると信じている。
失望させたくなかった。これほど真心を尽くしてくれる相手を。
「有り難う」声が掠れた。
彼女が出ていった襖をしばらく見つめ、今朝着ていたのと同じ造りの寝衣に着替えた。帯を試行錯誤してきつく結わえ、足袋を履こうとして、ぴたりと手を止めた。
痣がない。
おぼろな蝋燭の下で、どれだけ眼を凝らしても同じだった。右の脛に、八歳の時から残っていた痣がない。
長い髪を見たときと同じパニックがこみ上げた。今日一日、凝珠に簡単に結い上げて貰ったものの、初めての重さに違和感がつきまとった。それでも、まっさらな足を見た今はもっと恐ろしい。自分の体ではない。
気付くと両腕できつく自分を抱きしめていた。
宇文怜。私と全く同じ顔と、違う体を持つ、十八歳の少女。
あなたはいったい誰なの。今どこにいるの。
どうかお願い、目覚めたら、自分の部屋に、現代に戻れていますように…

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