「お嬢様は、やっぱり、変わられないのですね」妙に哀しげに呟かれて、どきりとした。この体の持ち主のことは、何も分からないのだ。周りの人間の言葉から「宇文怜」の実像を推測するしかない。この長い夢が終わるまで、夢の中の習俗を知らなければ。
「宇文怜…私って、どんな人間?」
「…お嬢様は、めったに内心を話されないお方でした」
「人当たりの悪い子だったの?」それなら覚えがある。私も愛想がいい方ではない。
「いいえ、どなたにも声を荒げることなく、夫人やお父上には礼節を守り、私共下人には親しみやすい…お優しい方です」どう聞いても、「淑女の有るべき姿」を列挙したようなお嬢様像だ。まさか、記憶を無くしたついでに理想的な令嬢になってほしいのだろうか。
うろんに見返す私に気付くと、凝珠は意外にも笑い出した。それは気持ちのいい、朝目覚めてから初めての笑い声で、私は半ば吃驚して、半ばほっとして、会話を続けるのがずっと楽になった。
「凝珠、本当の事を言って。私はそんなにいい子じゃ無かったんでしょう」
「貴女は、小さな時はいたずら好きでした。よく笑われて、よく泣かれて。頑固で意地っ張りな所もあって、若君があなたをからかわれても、決して後に引こうとなさいませんでした。一度など、書院の前で掴み合いをされたのを、私がお止めしたんですよ」ありきたりな言い方をやめて、凝珠は正直に話すことにしたらしい。こちらの話の方が、ずっと現実味があった。
「それからは?」
「先の奥方様がご実家に帰られてから、お嬢様はだんだん落ち着かれました。外に出られることも滅多になく、いつも家事を差配されていない時には書物を読んでおいででした。下のお嬢様はいつも華やかに装われておいでなのに、ご自分の身なりには気を使われずに、私共は多少歯がゆい思いをしておりました」
「ちょっと待って。母は…母上はいつからここにいないの?」先程の話で、宇文怜の母親が今屋敷にいないことは聞いたが、一時的に出掛けているのだと思っていた。この口振りでは、家を出て何年も経つらしい。
「お嬢様が十二の年、夫人は御体が優れずにご実家に戻られました。ただ、お嬢様は宇文府の大姐ですから、夫人は将来の為にお嬢様を残されたのです。お嬢様自身も、ここで生まれ育った訳で、離れるのを嫌がられました」つまり…夫婦仲が悪くなったのだろうか。
「夫人は離縁したのね。」
「違います!」凝珠が血相を変えた。
「旦那様は、決して彩花夫人を離縁なさいません。本来ならお屋敷を出る理由など無かったのに、夫人は自分から太夫人に遠慮されたのです。ですからお嬢様は、れっきとした宇文府の大姐です」
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