字を読み書き出来るのは十分な知識の一つで、幸いに彼女は世の中を知っている方だった。労働力が人間に限られていれば、全員が文字を学ぶ余裕はない。即席の手帳に書き出してゆく字を見ながら、字が読めることに感謝した。漢字以前の古代文字か、解読不能の崩し文字だと覚悟していたのに、文章は意味が読み取れるものだった。
ここで、彼女から聞いたことをまとめておこう。
天熬は数十年前から戦氏が支配し、今の皇帝戦南城は二代目の君主だとか。雄大な国土に砂漠を含み、風土としては現代で言う寒冷地に近いらしい。他にも隣国である無極との国境に、入ったら出られぬ魔の長瀚山脈を擁し、外敵を阻む天然の要害なのだとか。
無極の皇族は長孫氏。今の皇帝は在位が長く、皇族にしては珍しく、皇后一人を長く寵愛して、彼女との一人息子を僅か四歳で太子に立て、更に若干十四の時には監国の地位を与え、軍事権を含む多大な権力を与えた。
この太子も幼い頃から五州に神童の誉れ高く、名ばかりの監国どころか、単身幾つも語り草になる手柄を立て、とうとう皇帝は功績を讃える意味で国名の無極をその名に授け、無極太子と呼ばれて五州に名を轟かせているらしい。
私は思わず苦笑した。噂は恐ろしい。テレビもネットもない時、口から口へと伝わる内に話が大袈裟になるのは当然だ。きっと、本来の事実はもっと精彩に欠けるものなのだろう。悪評ならともかく、皇室の威厳が上がるのは封建国家には望むところだ。
この時の私には想像もつかなかった。いつの日か噂の登場人物に会い、この世には噂より遥かに奇妙な、人知を越えた世界が存在すると知ることは。
扶風は皇族がおらず、三大部族が共同で国を治めている。草原が広がり、定住するものと季節ごとに移動する者との生活様式が混在している。妖術や巫術が盛んで、王族より巫女の方が力を持つらしい。
旋機は五州に名だたる工芸の国で、特に鉄や金など、埋蔵資源も豊富な為に経済的に有力な国家だとか。皇族は鳳氏。現在の皇帝には男女合わせて十九人の皇子皇女がいて、五州でこの国だけが女も継承権を持つため、皇位争いが激化するのだとか。
蒼穹は神権国家で、皇族の概念がなく、神殿が政治と思想の最大権力を持つ。神術を操る人々を輩出し、五州で最も謎に満ちた国と言われている。
軒轅国、皇族は軒轅氏。七国で唯一国名と同じ姓を持ち、太古からの血筋を保ってきた。七国の中では比較的若い皇帝を戴き、政治権力を臣下の摂政王に握られているが、皇帝自身は十年以上政治を任せきりらしい。
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