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2019年12月18日水曜日

「扶揺」二次小説 情未央(じょうびおう)1 モノローグ

(画像出典https://images.app.goo.gl/nskLKUTGdBvzjRCU9 )
情未央(想い、未だ尽きず)-
宗越(そうえつ)×蒼玲(そうりん)×雲痕(ゆんはん)
序章 現代回顧(げんだいかいこ)

今まで多くの物語を読んできた。幼い頃から字を覚えるのは早かったし、初めて文章を読んだのは五歳になる前だった。身体能力に限り有る子供にとって、世界は驚きと希望に、そして恐れに満ちていた。童話から神話、歴史。それらには哀しみが、歓喜が、絶望が、愚かさが詰まっていた。もっとも、五歳児には言葉の記す情緒の半分も理解できていなかったが。
私が世間知らずで、同時にひどく早熟な口をきく子になったのは、それも原因だったのだろう。私は赤子の時から、慢性的に夜眠れぬ子だった。やがてしきりに発作を起こすようになり、両親を、特に母を、心身共にすり減らしたこの病は、初等教育を終える前にようやく終わりを告げ、私も肉体の制約から徐々に解放された。
ーああ、人間の回想は、やっぱり長くなるらしい。こんなに弱っていなければ、子供の記憶が甦ることも無かったのに。
私の密かな愛読書は恋愛小説だった。それも同世代の少女が好むような現代物ではなく、歴史を扱ったもの。英語圏ならhistorical romance (ヒストリカル.ロマンス)というやつだ。奇妙な所で醒めていて、現実にはあまり幻想を持てなかったし、俳優にもアイドルにもこれっぽっちも興味がなかった。過去の虚構の中でだけ、私は息をつき、希望を抱くことができた。
それでも同じパターンには時折辟易した。何故ヒロインは一人では足りず、いつも複数の求愛者が必要なのだ?現実、我が国の男女比率は一人っ子政策のせいで男が多いから、空想にも影響があるんだろう。
勿論、こうした作品はほとんどが女性の想像の産物だ。つまり、愛されたい、求められたいという望みは誰もが持っていても、女性の方が夢をもちがちなのだろう。
自分の厄介な性格のせいで、歴史の中に溺れながらも、三角関係には冷ややかだった。同時に二人の男を愛するなんてことは、倫理性を抜きにしても不可能だ。どちらにも不誠実で、どちらにも不実を疑われるのが落ちだ。男が同じ幻想を持てば途端に非難轟々なのに、女の幻想は蔓延されていて良いのだろうか。
うん?ちょっと待った。私の考え方は一夫一婦制が浸透した現代人の考え方だ。古代は死亡率の高さと結婚年齢の低さ、労働力の必要性の高さ、最後に医療知識の欠如等から一夫多妻制が当然だった。避妊の意識が低いため、確実に子孫を残すには出産の危険を分散する必要があったのだ。たとえ妊娠から出産の時期を無事に乗り越えても、妊娠を繰返しているうちに確実に女性は健康を損ない、古代の過酷な環境の中で寿命を縮める。
つまり、愛も現実の前で変わるのはどの時代でも同じだということ。
そう考えていた。私は両親との愛情を除けば恋も知らない、無知な少女だったのに。
この一生、そうして過ぎると思っていた。

眼を開けているのに、ここにいない彼らの様子が鮮やかに浮かぶ。雪衣を翻し、此方に振り向く青年。玉のような肌、櫻(さくら)色の唇、墨色の瞳、穏和に見えて他人を寄せ付けぬ孤高のたたずまい。
もう一人。黒の披風(風よけ)をなびかせ、こちらを見据える少年。繊細で背の高い立ち姿。感情を表さぬ冷悧な面差し。
けれど、私は知っている。
五州の医仙と讃えられる青年の、思考は冷徹で行動が冷酷に見えても、流す涙がひどく熱いこと。微笑むときに皮肉げに唇を僅かに吊り上げること、そして彼のもう一つの姿。殺戮と救済の危うい均衡を、己の意志一つで保つその誇り高さ。
寡黙で冷悧な少年が、養父の過去と自らの出生を知った時の苦悩。復讐と裏切り、罪悪感の中で必死に選択し、義理の妹を守り、育ての恩を忘れられずに、実の一族の仇を殺せなかった人。
傍にいてくれと、抱きしめた腕のすがるような強さ。

どうしてこれほど、知ってしまったのだろう。
なぜこの世界は、これほど無情なのだろう。
世界に緣を司る存在がいるならば、何としても引きずり出して、あるべき人生を彼らに償わせたいのに。
幼くして一族を殺される事も、知人に裏切られる事も、記憶を失う事も、寿命を自分で削る事も無く、受けるべき愛情と幸福をつかんで生きられる人生。
私と出逢うことのない人生を。

どうしてこれほど、愛してしまったのだろう。


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