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2019年12月27日金曜日

「扶揺」二次小説 情未央(じょうびおう)6

一章 太渊篇 一日の暮れ

(画像出典https://images.app.goo.gl/6xA7jmSVnFFDTi6p8 )
冥界で石榴を勧められた女神の話が頭をよぎったが、私は人間だし、それに、現金だが、不安に浸るより、お腹を満たした方が建設的だった。
その日は、服を着せてもらい、手洗いの使い方を教わって、火口(ほくち)を使おうと奮闘して日が暮れた。何かしらしていないと、じっとしていると気が狂いそうだったのだ。だが、それで一つ分かった。ここはやはり古代だ。これほどの不便を、いくらやらせとはいえ、現代にやる馬鹿はいない。そして、もうひとつ。古代では、私は全く役立たずだ。火をつけることでさえ、これほど手間がかかる。
凝珠は付きっきりで助けてくれ、文句のひとつも言わなかった。私は逆にそれが怖かった。
「凝珠、分かったでしょう。私はもう元の宇文怜じゃないのよ。全くの他人なの。単なる足手まといよ。なのに、どうして…何も言わないの?」初日の夕方、私はとうとうたまらずにぶちまけた。秋の夕陽が空を茜色に彩り、妖しいほどの美しさ。けれど、これほどの恐ろしさで見たことはなかった。
幼い頃、夕方になると、私は決まって泣き叫んだ。光が薄れ、闇が近づく時刻。特に、母が留守の時など、帰ってくるまで泣き止まなかった。今思えば、私が本当に恐れていたのは、闇ではなく、孤独だったのだろう。闇だけなら、私は目を見開いて、黙ってにらみつけていたから。いつか、自分の大事な人が、自分の無力さのせいでいなくなるのではないかという恐怖。
そして、母は必ず帰ってきてくれた。
「大丈夫です、お嬢様。私がおりますから」凝珠がふと微笑んだ。そういえば、朝から彼女以外の人をあまり見かけないが、彼女はいったい、この体の持ち主にとって、どういう関係なのだろう。
「凝珠、あなたは私の…乳母(うば)なの?」どうやらここはバリバリの封建社会のようだが、単なる侍女にしては、彼女の態度はあまりに親身だった。
「いえ、私がお嬢様のおそばにいるのは、あなた様が十二の時からです。奥様…先の夫人が、くれぐれもお嬢様を頼むと私におっしゃいました」
奥様?その人が宇文怜の母親なのだろうか。
「夫人…あの、母はどこ?」他人の母親だが、今はこう呼ぶしかない。
「あの、夫人は…今はお屋敷にいらっしゃいません。お会いしたいですか?」なぜか、凝珠が少し慌てた。こちらを見る目が瞬いている。どういうことだろう。
「もしかして、あまり仲がよくないの?」ふと思い付いた。朝に大騒ぎをしたのに、仮にも親なら、様子を見に来るくらいするのではないか?それに凝珠のこのつっかえた様子。
「とんでもない!お嬢様は、お母上の唯一のお子さまです。どれだけお嬢様を大事にされていたか、私はよく存じております」凝珠が血相を変えた。
「そう、なの。なら、しばらく夫人…母には知らせないでいいわ。心配をお掛けするだけだもの」話の真偽はともかく、娘がいきなり記憶をなくしたと聞けば、動転するのが当然だ。第一、この長い夢が、いつ終わるかもわからないのに。
ふと気づくと、凝珠がこちらをまじまじと見つめていた。
「どうかしたの?」何かおかしなことを言っただろうか。

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